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崩落した祭畤(まつるべ)大橋 橋脚三つ折れの謎

岩手宮城内陸地震で崩落した祭畤(まつるべ)大橋の崩壊メカニズムについて、国交省が県に報告した調査結果がケンプラッツに出ました。早いですね。流石です。
(関連記事)河北新報ニュース毎日jp
A1橋台(秋田側)が1点固定、他はすべて可動の3径間連続鈑桁で、地震によりA1橋台とP1橋脚を含む地山がまるごと10mほど移動して、A2橋台のパラペットとP2橋脚を破壊し、P2橋脚がなくなったことで、桁が落下して、橋全体が崩落した、というのが大まかな橋崩落メカニズムのようです。

最初にお断りしておきます。
下記の内容は、決してこの調査報告を批判するものではありません。技術者としてこの非常に特殊な壊れかたをした事例について、考察をしてみたに過ぎません。

●きっかけ
P2橋脚が高さ方向におよそ三等分されるように破壊され、最上部がA2側、中央部がA1側とそれぞれ別の方向に落ちていたというのは、いろいろな想像をかき立てられます。
橋梁技術者として、このP2橋脚で何が起こったのか、どうして三等分に破壊されたのか、というあたりを考えてみたくなりました。

●P2橋脚に関する調査報告
国交省の調査報告では、こうです。
(1)A1側からの側方移動によって、桁がA2側に押し出された時に、P2橋脚の上の方が折れてA2側に落下した。
(2)落下してきた桁によって(桁が当たって?)、P2橋脚がさらに2つに折れた。

●調査報告の疑問点
私は次の2点に疑問を感じました。
疑問1 P2橋脚の可動支承が、柱部を破壊するほど強固か。
疑問2 落下してきた桁の衝突が、残った柱部をさらに2つに折るほどの力になりうるか。
私はどちらもNOだと思ったので、ではなぜP2橋脚は三等分に折れるように破壊されたのか、ということを少し考えてみました。

●整理
呼称を次のように整理しておきます。
P2上部:三等分に折れたP2橋脚柱部のうち、一番上の部分。
P2中央部:同じく、三等分に折れた柱部のうち、中央の部分。
A点:P2橋脚柱部の2つの折れ点のうち、上側の折れ点。
B点:同じく柱部の2つの折れ点のうち、下側の折れ点。
P2沓:P2橋脚上の沓

●着想
柱が3つに折れたという事実から、次のようなことを考えました。
・折れた2カ所は、段落とし部だった(段落とし部とは、鉄筋量が変化する位置です)。
・地震動を受けたのと、地山の側方移動を受けたのは、同時ではなく、前者が先で、そのあと地山が滑って来たのではないか。地山の側方移動は最大地震波の到達からすこしあとではないか。
段落としについては、たぶん資料があるだろうと思うので、すでに調査団も把握していると思いますが、記事には書かれていなかったので、確認できません。しかし、20mを超える背の高い橋脚で、耐震設計基準が強化される昭和55年以前の橋梁であったこと、P2は可動橋脚であったことを考え合わせると、2カ所で段落としをされていた可能性は高いと思います。
地震と側方移動を別々に考えたのは、最初に地震波によって橋がダメージを受けていたところに、地滑りによる非常に大きな側方移動を受けたのではないかと思われたからです。

●仮説
こんな仮説を考えてみました。
Step1 地震波によるダメージ
・地震波によって、P2橋脚はP1方向への大きな水平力を受けた。これにより、B点の段落とし部はひび割れおよびかぶりコンクリート剥落などの大きなダメージを受け、P2橋脚自身はP1側に変形(傾斜)した。A点もダメージはあったが、この時点では主にB点がダメージを受けていた。
・P2沓は上沓がP1側に移動した形で外れた。
・桁はこの位置で落ち込みP2上が下がった状態になった。
Step2 地山の側方移動による崩落
・A1橋台とP1橋脚を含む地山が滑りだし、桁を約10m押し出した。
・このとき、P2橋脚天端部では、外れた上沓と下沓(沓座含む)が引っかかって、A2側に強く押された。
・同時に、A2橋台のパラペットと桁が衝突して、水平移動に抵抗した(4mは押し込まれ、6mは押し返した)ため、桁に非常に大きな軸力(圧縮力)が入った。
・桁は瞬時に座屈し、A2とP1を節とし、すでに下がっていたP2を腹にするように、下向きに大きく変形し、P2橋脚に鉛直力(下向き)を与えた。
・P2橋脚の柱には、天端部にA2側への大きな水平力と、桁座屈による鉛直力(下向き)が同時に作用した。非常に大きな水平力を受けたため、たちまちA点、B点ともに崩壊したが、その前にすでにP1側に傾斜していたことと、同時に受けた軸力により、A点よりも上部(P2上部)だけがA2側に倒れ、P2中央部はA点が折れる時にP1側に押し出され、P1側に落ちた。

●検証
検証するための情報がないので、今後の調査報告に期待するということにしておきます。

ちょっと、中途半端になってしまいましたが、橋脚が三つ折れになった謎は、ぜひはっきりさせて欲しいですね。
もし、私の仮説のように、大きな側方移動を受ける前に、深刻なダメージを受けていたことがわかれば、それは1つの重要な事象です。側方移動への対応とは別に、対応を考える必要があるということになりますからね。
さあ、実際はどうだったのでしょうか。
失敗学にならい、この事例からしっかりと学んで形式知とし、橋梁技術の資産として還元できれば、この橋の崩落も無駄にはならないでしょう!
イマジン * 災害 * 09:32 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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