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イスタンブール紀行

トプカプ宮殿を出たところで出会った日本語を話すトルコ人に、この日はトプカプ宮殿以外はどこも休館だと聞いたので、ボスポラス海峡クルーズに行こうと決めました。


金角湾の入口に架かるガラタ橋の手前にある船着き場の方に向かって旧市街を歩いてくと、こんな看板の工事現場を発見しました。
「地図に残る仕事。」って私の好きなフレーズですが、ここイスタンブールで日本語で看板挙げても現地の人には読めないでしょうね。
ここは10月に開通予定のボスポラス海峡トンネルの工事現場です。
工事をしているのは日本企業の大成建設。凄いですね。
技術で世界に貢献する。これは日本にとってとても大事なことだと思います。


こんな看板も見つけました。
JICA(ジャイカ)の仕事なんですね。
ボスポラス海峡トンネルのルートが出ています。
これが開通すると、地下鉄ですぐにボスポラス海峡を渡れるようになるんですね。


船着き場はとても賑わっていました。
左奥に見えるのは、イェニジャーミィというモスクです。


たくさんのフェリーが行き来していました。
向こうに見えている橋がガラタ橋です。
有名なサバサンドを買ってから、フェリーのチケット売り場に行きました。
ちなみに、女子バレーのキャプテン木村沙織選手が所属しているガタラサライというチームは、ここイスタンブールのチームです。このガラタ橋を渡ったところがガラタサライと言う地区ですね。


フェリーのチケット買って、早速乗り込みました。
1階と2階は売店があるだけで、ほとんど人はいませんでした。


やっぱり屋上が一番人気でした。


出航して少し行くと、第一ボスポラス大橋に着きました。
この橋の下を通って、さらに黒海の方へ進んでいきます。


しばらく行くと、ルメリヒサル要塞と第二ボスポラス大橋が見えてきました。


こちらがルメリヒサル要塞。
この要塞はヨーロッパ側に築かれています。征服王マホメット2世がコンスタンティノープル攻略の前線基地とし、またボスポラス海峡の制海権を押さえるために築いたという要塞です。東側でまず海峡の両岸を押さえて、ここから西進していたんですね。


こちらは第二ボスポラス大橋。正式名称は征服王スルタン・マホメット大橋と言います。そうです。マホメット2世のことです。この橋を建設したのも日本企業です。
ボスポラス海峡を横断する2本の橋と1本のトンネルのうち2つが日本企業によるものなんです。
話をしたこともない雲の上の人でしたので、元上司という表現が適切かわかりませんが、この橋の設計責任者だった方は、私と同じ会社にいました。橋梁技術者として世界中を飛び回っているとても華のある方でした。わかる人にはわかると思いますが、あまりにも華やか過ぎたのでしょう。狭量な人の妬みとしか思えない不幸なトラブルもありましたね。


第二大橋の少し先で旋回して戻ってきました。
こちらは第一大橋のアジア側の側径間です。
橋脚がとても細く見えますね。
細長比は一体いくつなんだろう。たぶん、日本の道路橋示方書では細長比の規定に引っ掛かって、この細さにはできないように思いました。


ガラタ橋の船着き場に戻ってからは、旧市街を散策しました。
すると、二宮金次郎のような銅像を見つけました。あ、でも本読んでないか。

イマジン * ヨーロッパの風景 * 22:41 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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