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南イギリス紀行 セヴァーン橋とクリフトン吊り橋

今日は、吊り橋の話を書きます。吊り橋の歴史において重要な2つの橋をご紹介します。


ウインザー城のあとは、ブリストルを目指して西に移動しましたが、ブリストルの少し手前で寄り道をしました。理由は、セヴァーン橋を見たかったからです。


ちょっと遠いので、もう少し近づいてみます。
桁断面が飛行機の翼のような形をしていて、ハンガーロープが斜めになっているのがわかるでしょうか。
セヴァーン橋は、1966年に完成した中央径間988mの吊り橋です。中央径間1,280mのゴールデンゲートブリッジが1937年の完成ですから、スパンとしては特筆すべき吊り橋ではありません。しかし、吊り橋の歴史を書いた本には必ず登場する歴史的な吊り橋です。
建設当時、吊り橋の技術はアメリカが進んでいました。1940年に風速わずか19mの風で共振現象を起こし崩落したタコマナローズ橋(中央径間853m)の事故の後、風の作用に抵抗できるようにするため、吊り橋の桁断面はトラス形式(補剛トラス)が主流になっていました。タコマの桁断面は、限界まで軽量化した薄っぺらい断面だったので、風への抵抗ができないものでした。補剛トラス吊り橋は、風を通しやすく、桁断面の剛性が高い形式であるため、タコマの事故を教訓とした新しい吊り橋の形式となりました。
そんな時代に初めて流線形の翼のような桁断面をした吊り橋が登場しました。それがセヴァーン橋です。
流線形の鋼製箱断面は、風を乱すことなくスムーズに流れさせることができ、しかも桁断面の剛性も十分に確保できます。これにより、補剛トラス吊り橋よりも桁を軽量化して経済性を高め、さらに塗装面積が少ないため維持管理コストも低減できる合理的な形式でした。
セヴァーン橋は、この流線形鋼箱断面の技術だけでなく、軽い桁を安定させるためにハンガーロープを斜めにするという技術も採用しました。この流線形鋼箱断面と斜めハンガーを用いた形式は英国式吊り橋と呼ばれ、1981年に中央径間1,410mのハンバー橋が完成したことで、当時世界最長だったアメリカの吊り橋をイギリスが追い越しました。
しかし、セヴァーン橋の斜めハンガーは数年後に振動による疲労の問題が発生し、振動対策工事が行われました。同じ形式のハンバー橋やボスポラス橋(イスタンブール、1,074m、1973年)では、斜めハンガーの問題は発生していないため、形式そのものの問題ではないようですが、斜めハンガーはその後あまり採用されていません。
近年の長大吊り橋は、セヴァーンのような流線形の断面か、補剛トラスのどちらかになっていますので、セヴァーン橋は大きな流れの1つを創った橋と言えるでしょう。


こちらは、セヴァーン橋の下流側に架かる第二セヴァーン橋です。
ケーブルが見えにくいですが、こちらは斜張橋ですね。中央径間は456mで、1996年に完成したものだそうです。


こちらは、ブリストルのエイヴォン峡谷に架かるクリフトン吊り橋です。ブルネルが設計、建設した橋です。
ブルネル親子の話は、読んでみるとどこかで聞いた事がある話でしたが、ここに来た時はまだ知りませんでした。
ブルネルは1806年に生まれた技術者で、父親は、シールド工法を発明してテムズ川の下をくぐるトンネルを完成させた技術者でした。ブルネルは20歳でこのトンネル工事を手伝ったそうです。
ブルネルは時計職人として機械の技術を学び、のちに、鉄道、蒸気船、吊り橋などを設計した天才技術者でした。ブルネルの話を読むと感動せずにはいられません。すべてはご紹介できませんが、このクリフトン吊り橋に関するエピソードだけご紹介します。

ブリストルのエイヴォン峡谷の対岸には、当時富裕階級が住んでいて、この峡谷に架橋が望まれていました。そこでコンペが行われることになり、24歳のブルネルもこれに参加します。
このコンペの委員長を務めていたのは、イギリス土木学会の初代会長でメナイ吊り橋(1826年)などを完成させていたテルフォードでした。彼はこのコンペに提出された22の設計案すべてを不適当としました。ブルネルの吊り橋案については、芸術性は優れるものの、テルフォードが考える最大スパンを越えていたため、不適当だと判断しました。委員会がテルフォード自身の案の提出を求めると、ブルネルの案と酷似した案を提出し、しかも建設費は非常に高かったため、コンペをやり直すことになりました。
2度目のコンペでは、ブルネルとテルフォードを含む5つの案が最終選考に残りましたが、テルフォード案を退けて、ブルネルの案が選定されました。
クリフトン吊り橋の工事は、1831年に着工されましたが、その後、資金不足に陥りました。ブルネルは自ら設計した別の吊り橋、ハンガーフォード橋(ロンドン)の架け替えに際して、この鋼材を安く購入し、クリフトン吊り橋に転用しました。
工事の中断もあって、クリフトン吊り橋は、1859年にブルネルが他界した5年後の1864年に完成となりました。
ちなみに、テルフォードが設計したメナイ吊り橋(1826年)は、完成間近に風によって損傷し、木材によって補強されましたが、その後も何度も風による損傷を受けて、現在は補強されケーブルも取り換えられて残っているそうです。クリフトン吊り橋は、現在も健在です。
権威に立ち向かった若き技術者ブルネルに感動しました。
それでは、クリフトン吊り橋の雄姿をご紹介します。


10枚の鋼帯板を束ねてボルトで締めたアイバーチェーンを3重にして使っています。
アイバーチェーンを使った吊り橋は、後にブダペストの鎖橋(1849年)にも繋がっていきます。


こちらは、エイヴォン峡谷を見下ろしたところです。
遠くに見えるのがブリストルの街です。
左のほうに見える建物が、この日、私たちの泊まったホテルです。


桁はラチストラスになっていますね。


それまで小雨でしたが、橋を渡っているときに本降りになり、対岸に渡り切った時は、この通りでした。
そして、急に暗くなったせいか、照明も点きました。
防護柵の形状が独特でした。
歩行者に恐怖心を与えないための配慮ではないかと思います。


対岸の上流側から見たところです。


対岸のステーケーブルのところです。
ここ(私が立っている場所)にクリフトン吊り橋の資料館がありました。


対岸の下流側から見たところです。


こちらは、元のほうに戻ってきたところです。
雨がさらに激しくなってきました。


ここには、ブルネルのプレートがありました。
出資者の名前ではなく、設計者の名前のプレートが標示されているんですね。
日本にそういう橋があるでしょうか。


一通り見たので、いったんホテルに引き上げることにしました。


夜、暗くなってから、ライトアップされたクリフトン吊り橋を見に行きました。
鎖橋の時もそうでしたが、デジカメで暗いところの写真を撮るのはやはり難しいですね。


翌朝、ホテルのレストランからクリフトン吊り橋を眺めました。

そして、ホテルを出て、ブリストルにあるブルネルが設計した史上初の鋼鉄蒸気船グレートブリテン号を見に行きました。
イマジン * ヨーロッパの橋 * 09:05 * comments(3) * trackbacks(0) * - -

コメント

解りやすい写真と説明のメールを拝見し、大変興味を持ちました。
クリフトン吊り橋が見えるホテルは、どちらか、教えて頂けないでしょうか?
是非、ランチだけでもしてみたいと思います。
宜しくお願いします。
Comment by stella @ 2010/10/07 11:31 PM
stellaさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
ホテルとレストランの情報は、直接メールの方に送らせていただきました。
この記事に興味を持っていただけた方なら、きっと楽しめると思います。
ブリストルにあるグレートブリテン号も近いので、ぜひ足を運んでみてください。
それでは、よい旅を!
Comment by イマジン @ 2010/10/08 12:51 AM
stellaさんに送ったメールが送信エラーになっていましたので、こちらに書きます。

私が泊まったのは、Avon Gorge というホテルです。
http://www.theavongorge.com/

橋が見えるホテルのカフェレストランは、
Bridge Cafe Clifton という店です。
ホテルのホームページの下の方にリンクが
ついています。
インターネット予約もできるみたいです。
Comment by イマジン @ 2010/10/08 12:54 AM
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