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フランス紀行Α.櫂鵝Ε妊紂Εール

フランス紀行の6回目は、古代ローマの水道橋、ポン・デュ・ガールをご紹介します。
ポン・デュ・ガールは、古代ローマの都市ニームに、直線距離25kmの山中にある水源ユゼスから水を引くために築かれた全長50kmの導水路のうち、ガール川を渡る箇所に築かれた延長275m、高さ49mの水道橋です。この水道橋のところでの導水路の断面は、幅1.20m、高さ1.85mもあるそうです。
建設されたのは、皇帝アウグストゥスの時代の紀元前19年で、6世紀までは使われていたそうです。

ガイド等に書かれている通りですが、注目すべきは水路の勾配で、水源とニームの高低差は17mで水路の総延長が50kmですから、0.034%というわずかな勾配です。
これは容易でない勾配です。私は市役所に勤めていたときに、高低差のつけにくい現場で道路とそれに付随する側溝を設計したことがありました。当初、私が最低限度の排水勾配として0.3%で設計していたところ、上司から「せめて0.5%はつけないと施工できないよ。それでも水溜りができないように施工するのは難しいんじゃないか」と言われ、0.5%の排水勾配を限界値として設計したことがありました。
この話を2,000年前のローマ人にしたら、「腕が悪いなあ。俺らならその1/10の勾配でも施工できるぜ」と言われるってことですよね。
そして、その施工精度を50kmもの区間、持続しなければ水は流れないんですから、現在の技術水準と変わらない技術を持っていたと言っていいんじゃないでしょうか。
前置きはこれくらいにして、写真でご紹介していきます。


アヴィニョンからポン・デュ・ガールには、30分ほどで着きました。
駐車場の案内図は、メッシュでできていました。


案内図に従うまでもなく、上流に向かって歩いていくと、すぐに巨大な水道橋が見えてきました。


さらに近付くと、川辺で遊んでいる人たちが見えてきました。
昔よく長瀞に行ったことを思い出しました。


川の流れは穏やかで、ガイド等には水遊びもできると書いてありましたが、遊泳禁止のようなマークの看板も出ていました。


近くで見るとこんな感じです。
私がいる所は、1743年に3層のうち最下層に合わせて造られた橋です。
ここで、あることに気がつきました。
この石材、見事に整形されています。厚さはほとんど狂いなく、みな同じ厚さで切断され、幅はいくつかのパターンがありそうですが、これもかなり精密に加工されています。写真左上のところを見た感じでは、石と石の接触面は粗面にして摩擦抵抗を確保し、角というか辺のところは粗面の所よりもわずかに削り込んで、誤差を吸収して施工しやすくしてあるように見えます。これはコンクリートブロックを使ってやっているのと同じプレハブ工法ってことですよね。
高い技術っていうのは、水路勾配だけじゃないんですね。基礎からしっかり精密に造られていたからこそ、0.03%という勾配を確保する精度も出せたってことなんですね。
ローマ人の技術力には感服いたしました。


対岸(水路の上流側)に渡って坂を上ってみました。
ここから見ると、18世紀に併設された橋の様子もよくわかりますね。


一番上まで上ってみると、水路になっている最上層のところに行く階段の入口には鍵がかけられて、上には行けないようになっていました。
最上層に行けなかったのは残念ですが、このポン・デュ・ガールにはとても感動しました。
イマジン * ヨーロッパの橋 * 07:27 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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