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中欧紀行Д屮瀬撻好箸修裡

中欧紀行の7回目は、ハンガリーの首都ブダペストです。
ブダペストを流れるドナウ川には、たくさんの多様な形式の橋が架かっていたので、私が見た橋をご紹介します。
ここを訪れてから初めて知ったのですが、ブダペストのドナウ川に架かる橋は、すべて第二次世界大戦中にドイツ軍が撤退の際に爆破もしくは破壊していったそうのなので、現在の橋はすべて戦後に再建されたものだそうです。


ブダペストの南側、ドナウ川の下流側の橋からご紹介します。
こちらは、ラージュマーニョシュ(Lágymányosi híd)という橋です。
橋梁形式は普通の桁橋ですが、照明が非常に目立っていますね。高さは35mもあるそうです。
1995年に完成した橋だそうです。


南側から2番目にあるは、ペトゥーフィ(Petőfi híd)という橋です。
こちらは、上路式のトラス橋ですね。元の橋は1937年完成で、1945年に爆破され、1950-52年に再建されたようです。
橋の名前は、26歳で亡くなった詩人であり革命家のペトゥーフィ・シャーンドル(1823-49)という方の名前となっています。
次の詩が有名だそうです。
「起てマジャールの民よ 祖国が呼んでいる 今こそ起つとき 今起たねば起つときはない
 隷僕の民に甘んずるか自由の民になるか いずれをとるか 君ら応えよ」
(在ハンガリー日本国大使館HPより転載)


3番目は、自由橋(Szabadság híd)といいます。
こちらは、下路式のトラス橋です。美しい橋ですね。ハンガリーの建国1,000年を記念して建設された橋で、元の橋は1896年完成で、1945年に爆破(中央径間のみ?)され、1946年に再建されたようです。
着工式では皇帝フランツ・ヨーゼフがリベットを打つハンマーのボタンを押したそうです。橋名も当初はフランツ・ヨーゼフ橋といったそうです。しかし、戦後の復旧の際に、この橋の名は人気がなかったため改名されたようです。フランツ・ヨーゼフは、オーストリアでは名君として人気が高いですが、ハンガリーでは人気がなかったんですね。


4番目は、エルジェーベト橋(Erzsébet híd)です。
こちらは、吊り橋ですね。1903年に完成し、1945年に爆破され、1960-64年に再建されたそうです。当時世界最長の吊り橋だったそうです。そして、今はとてもシンプルな構造ですが、旧橋は自由橋のようなとても美しい装飾の施された橋だったそうです。
この橋の名前エルジェーベト(ハンガリー語)とは、皇帝フランツ・ヨーゼフの最愛の妻、皇妃エリーザベトのことです。エリーザベトは、ハンガリーの独立を支援したので、ハンガリーでは神のように祀られています。
フランツ・ヨーゼフは、自分の名の橋の隣に、妻の名の橋を架けたんですね。しかし、悲しいかな、ヨーゼフとエリーザベトの関係をよくあらわしているように思いました。


最後に紹介するのは、セーチェーニ鎖橋(Széchenyi Lánchíd)です。単に鎖橋とも呼ばれています。
こちらは、アイバー・チェーンを使った吊り橋です。ブダペストの橋の中では最も古い橋で、1839年から1849年にかけて建設されました。施主は皇帝ではなく、セーチェーニ・イシュトバーン伯爵で、設計はイギリス人技師T.W.クラーク、建設はスコットランド人A.クラークの監督のもとで行われたそうです。1945年に破壊されましたが、建設100周年の1949年に再建されたそうです。


こちらは、鎖橋の獅子像です。
1852年に製作されたそうです。橋の四隅にそれぞれあります。格好いいですね。
大阪の中之島の難波橋にも獅子像がありますが、姿勢が少し違いますね。


こちらは、鎖橋のタワーというか門ですね。真ん中には、ハンガリーの国章が見えます。
アイバー・チェーンは二重になっていて、千鳥配置で吊材が下りているのもよくわかりますね。
少し残念なのは、落書きです。人が歩けるところはすべて落書きだらけでした。


こちらは、門のところに設けられたバルコニー状の張り出し部から見たところです。
欄干の装飾もいいですよね。

イマジン * ヨーロッパの橋 * 07:57 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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