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アーネムのジョン・フロスト橋

先月のことですが、オランダのライン川下流の街アーネム(Arnhem)に行ってきました。
この街は、映画「遠すぎた橋」で有名になりました。
第二次世界大戦中、連合軍がノルマンディーに上陸してから3カ月後の1944年9月に行った大規模な作戦「マーケット・ガーデン作戦」の中で、特に凄惨な戦闘のあった場所です。
大まかには、こんな戦闘です。

マーケット作戦は、空挺隊(パラシュート部隊)を敵中深くに降下させ、先にライン川などに架かる橋を確保するという作戦で、ガーデン作戦は、戦車隊などの地上軍を進撃させ、確保されている橋を爆破される前に渡ることで、3、4日間で一気にドイツ深くに攻め込もうという作戦でした。
ライン川は、ドイツ国内では北向きに流れ、オランダに入ると西に向きを変えて、2つの大きな流れに分かれています。その北側の川の街アーネムと、南側の川の街ナイメーヘン(Nijmegen)が主な戦場となりました。
空挺隊は、これらの街の周辺に降下し、南から連合軍の戦車隊がやってくるという計画でしたが、実際には、ほとんどが作戦通りには行きませんでした。
アーネムの橋の北で孤立無援のなか二軒の民家に立てこもって奮闘していたジョン・フロスト中佐の英空挺隊は、5日目にはついに弾薬が切れて降伏しました。そして、8日目にはドイツ軍の援軍の戦車隊が到着し、マーケット・ガーデン作戦は中止され、攻勢から防御に作戦変更されました。この作戦を立てたモントゴメリー元帥は「90%成功した」と言ったそうですが、この戦闘での連合軍側の戦死、負傷、行方不明者は1.7万人以上だそうです。
結局、アーネムの橋は連合軍の爆撃によって破壊され、翌年(1945年)の3月にレマゲン鉄橋を確保するまで連合軍はライン川を渡ることができなかったというのは、何とも皮肉ですね。
そして、終戦後にこの橋は元の姿で復旧され、ジョン・フロスト橋と改名されたそうです。


こちらがジョン・フロスト橋です。


橋の北側の一角に、この橋の史料や遺品が置かれていました。
こちらは、パラシュート隊の降下作戦の写真ですね。
彼らのほとんどが戦死もしくは投降してドイツ軍の捕虜となったんですね。


こちらは、連合軍の爆撃によって破壊された時の写真ですね。


私たちがこの場所でいろいろな史料を見ていた時に、老夫婦がやってきて、テーブルを出し、イギリス国旗を敷いて、その上に遺品らしきものを並べていました。写真に写っている老紳士は、私にも深々と頭を下げておられました。
きっと、戦死者の遺族なんでしょう。いやもしかしたら、ここで戦った方なのかもしれません。
イマジン * ヨーロッパの橋 * 09:00 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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