<< May 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

シンドラーのリスト

シンドラーのリストを読みました。
昨年、クラクフ(昨年行った様子)に行ったときに、映画「シンドラーのリスト」で有名になったオスカー・シンドラーが1200人のユダヤ人を救ったエピソードを初めて知り、感動しました。
いまだに映画のほうは観ていないのですが、先日、原作のシンドラーズリストを読み、再び感動し、シンドラーの足跡を辿ってみたいという気持ちになりました。


クラクフという街は、17世紀初頭までポーランド王国の首都であった古都で、現首都のワルシャワからは南に約300km、ブダペストからは北に約400kmに位置しています。


14世紀、カジミエシュ大王は、外交と軍事の両面で大きな成功を収め、ポーランド王国、クラクフともに全盛期を迎えます。大王は、農民を手厚く保護したほか、西欧で迫害されていたユダヤ人を保護し、外国からの移民を受け入れるなどして商業も大きく発展させ、内政でも成功を収めたそうです。
この大王の居城であり、歴代のポーランド王の戴冠式が行われたのが、ヴァヴェル城(地図ではヴァヴェル大聖堂)です。ヴァヴェル城のすぐ南側のビスワ川に囲まれた直径1kmほどの地区は、その名もカジミエシュ。この地区にはユダヤ人がたくさん住むようになり、第二次世界大戦前には約7万人のユダヤ人がこの地区に住んでいたそうです。

第二次世界大戦が始まり、クラクフがドイツ占領下となると、ヴァヴェル城にドイツ軍のポーランド総督府が置かれました。
ユダヤ人は、ユダヤ人だと示す印をつけなければ外出できなくなり、数ヵ月後にはビスワ川対岸のポドグジェ地区に壁で囲まれた区画(ゲットー)が建設され、すべてのユダヤ人がゲットー内に強制的に移動させられました。そして、ドイツのゲシュタポやユダヤ人の自警団の監視下におかれました。技術者などの一部のユダヤ人は、シンドラーの工場に代表される軍需工場での労働力としてゲットーから工場に通っていましたが、他のユダヤ人はプワシュフ収容所に移送されて強制労働をさせられるようになりました。


上図は、ポドグジェ地区に作られたゲットーです。
赤い線が壁で、北側の平和広場(現在は、英雄広場)で貨物列車に乗せられて、たくさんのユダヤ人がアウシュヴィッツ絶滅収容所などに移送されました。広場には、「後で届けるから置いていけ」と言われ取り残された荷物だけが残りました。


この広場には、現在は椅子が置かれています。
これは、ユダヤ人学校の生徒が一人ひとつずつの椅子をもってこの広場に移動してきたときの映像が残っていて、それをモチーフにしたものだそうです。
それから、南側にはこの広場に面して薬局があります。ここには、ユダヤ人以外で唯一ゲットー内に住むことが許されていたポーランド人が住んでいました。彼は後にここで起こったことを書いて出版しました。現在この薬局はゲットー博物館になっていて、内部が公開され、当時の写真などが展示されています。

1943年3月、ポドグジェ地区のゲットーは解体されることになりました。
命という意味では当初は安全であったゲットーでしたが、このときはそうではありませんでした。ゲシュタポに協力する自警団以外のユダヤ人は、ここで殺されるか、プワシュフ収容所に送られるかのどちらかとなりました。
シンドラーが馬でゲットーの南側の丘に上って、この殺戮を目撃したヴェギェルスカ通りは、ゲットーの西側にあります。
シンドラーがユダヤ人救出にがむしゃらなことを始めたのは、この時からになるでしょうか。シンドラーは、プワシュフ収容所のゲート所長に頼み込んで、自分の工場内に私設収容所を建設することの許可を取りつけ、工場で働くユダヤ人たちを工場内にとどめるために全力投入していきます。


上図は、プワシュフ収容所です。
ポドグジェ地区のゲットーにいたユダヤ人の多くが送られたのが、ゲットーの南に建設されたプワシュフ強制労働収容所でした。
最悪なことにこの収容所の所長は、残虐極まりないアーモン・ゲートでした。プワシュフは、絶滅収容所ではなく、強制労働収容所であったにも拘わらず、8000人ものユダヤ人が殺害されたと言われています。


戦争末期の1944年末、ソ連軍の進攻が迫ってくると、プワシュフ収容所も解体されることになり、2万人のユダヤ人がクラフクの西60kmにあるアウシュヴィッツ絶滅収容所(昨年行った様子)に移送されました。
シンドラーはクラクフの西300kmにあるチェコのブリンリッツという町に土地を購入して、ベルリンのドイツ軍幹部にも賄賂を贈るなどして、ブリンリッツへの工場移転とそれに伴うユダヤ人労働者の増強の許可を取りつけます。そして、ブリンリッツへ移動する1200人のリストを作るのです。
抜群の商才で巨額の金を獲得し、それを使って役人への賄賂と、ユダヤ人への食料や水の提供を続けてきたシンドラーですが、ブリンリッツでは軍需品は不良品ばかり製造して無言の抵抗をし、食料と水の確保にお金をつぎ込んで、何とか終戦の日まで口八丁でごまかし続けたそうです。
すごい度胸です。死を覚悟していたとしか思えません。
1945年5月、ドイツは降伏し、戦争は終結しました。
シンドラーと彼の工場で働いていたユダヤ人は全員が助かりました。
もちろん、殺されたユダヤ人は助かった人よりもずっと多いですが、命がけで1200人もの命を救ったシンドラーの生きざまには感動しました。
またいつかクラクフに行きたいし、ブリンリッツにも行って、奇跡を起こした場所を見てみたいです。
イマジン * 人・知恵 * 00:18 * comments(2) * trackbacks(0) * - -

清志郎をききたくなりました

今日はなんだか清志郎がききたくなりました。

デイドリームビリーバー
君が僕を知ってる
僕の好きな先生
パパの歌
A Hard Day's Night
Imagine
イマジン * 人・知恵 * 03:14 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

ハンニバルと白起

ハンニバルの物語を2つ読みました。
テレビでハンニバルを知った時は、古代中国の楽毅に似ていると思いましたが、読み終えてみると白起に似ていると思いました。

古代の北アフリカで繁栄していた大国カルタゴ(現チュニジア)。この国に生まれたハンニバルは、アルプスを越えてイタリアに攻め込んだ将軍として有名です。
紀元前218年、始皇帝が中国統一を果たした3年後に、スペインから混成の傭兵軍(アフリカ兵、スペイン兵、ガリア兵)と象までも引き連れて、南フランスを通って、アルプスを越えて北イタリアに攻め込み、ローマ軍を何度も蹴散らしながら、ついにはイタリアを縦断し長靴の先まで達しました。
野戦では、天才的な才能を発揮して、幾度もローマ軍を破りました。それも優勢勝ちのような勝ち方ではなく、ローマ軍を包囲して全滅させるという勝ち方を続けたハンニバル。一方で、ローマに攻め込むチャンスが何度もありながらも、ついには本気でローマに攻め込むことをしなかった人でもあります。

トラジメーノでローマ軍を撃破した後に、そのままローマに向かえば、ローマを落とせただろうという人もいます。カンナエの戦いで7万のローマ軍を壊滅させた後に、ローマに兵を向ければ、ローマは抵抗できなかったという人もいます。
しかし、ハンニバルはいずれの機会もローマには向かいませんでした。特にカンナエの時は、飛ぶ鳥を落とす勢いのハンニバルに対して、ローマに向かわないことを罵倒した部下もいたそうです。それにもかかわらず、ローマに向かわなかったそうです。
ローマを倒すことだけに生涯を捧げた人ハンニバル、というイメージからは理解しにくい行動ですよね。

カンナエの後は、ローマを落とすチャンスは巡って来ず、ローマの持久戦法によって徐々に消耗させられました。
そして、ローマにハンニバルの戦術を手本とした天才スキピオが登場し、最後はアフリカ大陸のザマでスキピオと対戦しましたが、包囲され殲滅されるという、自分が今まで何度もローマ軍を相手にやってきたことをやられ、完敗しました。
敗戦後のカルタゴの立て直しでもハンニバルが先頭に立ちますが、反ハンニバル派との確執でカルタゴを出てゆくことになり、その後は東方に逃れますが、最後はローマに捕まる前に自殺しました。

野戦での天才的な強さ、相手を殲滅させるという勝ち方。一方で、どこか弱いところがある。
後からやってきた、彼を倒すことを目標にやってきた、新しい天才が出現し、敗れ、最後は自殺する。
この点は、ハンニバルよりも半世紀前に古代中国で活躍した白起によく似ています。
やはり天才的な戦術で野戦では連戦連勝、常に相手を殲滅した白起ですが、最後は新たな天才范雎が登場して、策にはめられ、自殺しました。

ハンニバルとスキピオの話は、面白かったのですが、晩年は二人とも不遇で、何か寂しさというか、虚しさを感じてしまいました。
イマジン * 人・知恵 * 03:03 * comments(2) * trackbacks(0) * - -

うつぼ会&Iさん壮行会

今日は、今月末から3カ月間、イタリアのP大に行かれるというIさんの壮行会に行ってきました。
主催はうつぼ会で、世話役のKさんを中心とする、青技懇OBの会のという感じでした。
私は少し遅れていったのですが、私の席はKさんの隣に用意していただいていて、反対の隣にはKTさん、正面にはイタリアに行かれるIさん、その隣には私と同じ町に住むIGさんという懐かしい顔ぶれでした。
途中、トイレに行っている間にこの会最年少で青技懇元幹事のSさんに席を奪われ、Sさんと席を交換すると、今度は、隣に社長業を営むMさん、左前には同じ町に住んでいた(2年前に引越した)KNさん、正面には道路のSさんが座っておられました。こちらも懐かしい顔ぶればかりでした。
近況報告をしていると、Sさんは私の会社のMさんをよく知っているとのことで、とてもありがたい情報をいただきました。今度声をかけてみようと思います。世間は狭いものですね。
左前のKNさんは、イタリアに行くIさんの話から、ローマ人の話になり、昔40冊くらいあるローマ人の話を読んでから、古代ローマの話が面白くなって、ガリア戦記などを読み漁ったとい言う話をされました。
「それって、塩野七生の『ローマ人の物語』じゃないですか。私は今ちょうどそれのハンニバル戦記のところを読んでいます」っていったら、ハンニバルとスキピオの話でまた盛り上がりました。
とても楽しい夜でした。

Iさんのイタリアバカンスは今月末から、12月末までということでしたので、今度は、クリスマスマルクト情報を送ってあげようと思います。
イマジン * 人・知恵 * 23:44 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

特急通勤でハンニバルを楽しむ!

私は毎朝1時間半かけて通勤しています。
このうち30分間は、特急に乗っています。
急行で40分立っていくということも最初は試していたんですが、人間ついつい楽な方に流れてしまいます。
で、この30分なんですが、特急券代はちょっと高いけどとても贅沢な時間だな、値打ちある30分だなって思うようになりました。
特急に乗っている周りの人を見ると、寝ている人、本を読んでいる人、携帯を見ている人、おにぎりを食べている人、モバイルパソコンで動画を見ている人なんかもいます。
私の場合もそのまんまなんですが、疲れているときは寝ているし、メールチェック、ニュースチェックもよくやっています。それから、最近は読書をしていることが多いです。

一月ほど前、車で出張に行っている時に、一緒に乗っている人から、古代ローマとカルタゴが戦ったポエニ戦争の話を聞きました。古代ローマのことを書いたとても長い小説を読んでいるそうで、その中でもハンニバルが活躍する第二次ポエニ戦争のところが特に面白かったという話を聞きました。
私は、テレビで「ローマ帝国に挑んだ男ハンニバル」という番組を見たことを思い出し、ハンニバルとスキピオの対決の話をして、ローマの人の町づくり、海戦の仕方、異文化の取り入れ方などの話で盛り上がりました。それから、古代ヨーロッパ史に興味がある人なら、もしかしたら古代中国史にも興味があるかなと思い、ちょっと聞いてみました。そしたら、何と宮城谷さんの「楽毅」がとても面白かったというのでビックリしました。私も宮城谷さんの大ファンで、中でも楽毅が一番好きだという話は、前にこのブログにも書いた事がありました。まさか同じ職場でまた楽毅が好きだという人に出会うとは思いませんでした。
そして、ハンニバルと楽毅は、大国をギリギリまで追いつめたという点で共通していますねって話をしました。宮城谷小説の話をすると、楽毅の中に登場する孟嘗君は、楽毅よりもさらに凄い人のように描かれているので、これは読まないといけないと思って読んでみたら、楽毅ほど面白くなかった、また三国志を読んでもあまり面白くなかったと言っていました。せっかく楽毅で宮城谷小説の面白さに触れたのに、その後、思うような宮城谷作品に巡り合えていないのは不幸なことだと思い、私のおすすめ作品をいくつかご紹介しました。私がイチオシしたのは「沙中の回廊」。楽毅が好きな人は、きっとはまる作品だろうと思いました。

そんなことがあったので、この前、久々にジュンク堂に行って、あれこれ買ってきちゃいました。で、今はその中の1つ「ハンニバル アルプス越えの謎を解く」という本を読んでいます。
やっぱり面白いですねえ。宮城谷さんが古代中国の作品を書かなくなってしまったので、何かそれに代わるものを求めていたんでしょうね。そしたら、この前、そのローマの話をしていた人がハンニバルの小説を持ってきてくれて、貸してくれました。

これからしばらくの間、特急通勤の30分は、ハンニバルタイムを楽しめそうです!

イマジン * 人・知恵 * 23:59 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

スイミングスクールの新しいコーチ

昨日、子どものスイミングスクールに付き添って行ってきました。
日本人向けのコースはいくつかあって、日本人もしくは日本語のできる方がコーチで、教わる子どもの人数は10人弱になっています。
昨日行ったのは、先月から始まったコースで、昨日が5回目でした。だいたいいつも付き添いに行っているし、昨年も別のコースに子どもを入れていたので、練習の様子は何度も見ているのですが、昨日は今までに見たことのない光景を目にしました。

今のコーチは、ドイツ人と日本人のハーフで、ドイツ語も日本語も上手な大学生くらいの好青年。といったら、コーチに失礼ですね。大学生くらいの方です。教わる子どもの人数は9人で、他のコースと変わりません。
他のコースと違うところと言えば、昨年まではおられなかった新しいコーチだということと、9人中8人が男の子で、元気がよすぎる・・・ということです。
これまでも何度かこのコースの練習を見てきました。コーチは、いつも子どもたちのパワーに圧倒されているというか、元気がよすぎる子どもたちに少々手を焼いている様子でした。
それが、昨日は違いました。

まず、子どもたち全員の胴に発泡スチロールの浮きを3つずつ着けます。
それから、準備運動をしてシャワーを浴びてから、一人ずつプールに入って行きます。
全員がプールに入り終える頃には、水を掛け合い始めている子どももいれば、おしゃべりを始めている子どももいます。ちゃんとコーチのほうを向いている子どもはほんの数人。
私は隣で見ていた別の子の保護者の方たちと笑いながら、
「いつもながら、このグループはテンション高いですよね」
なんて話をしていました。
と、ここまでは、いつもとまったく同じ始まりでした。
違ったのは、ここからです。
コーチの口から最初に出たのは、
「じゃあ、今日はまず、鬼ごっこをします」
でした。
その瞬間、子どもたちは大歓声とともに、水中で跳び跳ねたり、隣の子に水を掛けたり。
そのすきに、コーチはプールから上がると、用具の入れてあるかごからボールを1つ取り出して、今度は
「これを使って鬼ごっこをします」
と言いました。
その瞬間、再び大歓声が上がりました。
そして、プールに戻って、子どもたちにルールの説明を始めました。
私は隣の方たちと大笑いしながら、
「今日はどうしたんですかね。最初に発散させる作戦ですかね」
「なるほど、考えましたね」
なんて話をしながら、半信半疑でコーチと子どもたちのやりとりを見ていました。
すると、
「じゃあ、あと3分で鬼ごっこは終わりだよ」
と言って、早々に鬼ごっこを切り上げると、いつも通りの練習に戻りました。
練習中の子どもたちは、いつもよりもコーチに集中していました。
というか、たぶん、「今日のコーチは、いつもと違うことをするぞ」という興味を持って見ていたというほうが正しいように思います。
さすがに、練習も後半になってくると、いつもと変わらない状態に戻っていましたが、子どもたちの集中力を向けさせるために、コーチも試行錯誤していることがわかり、とても面白く、また親しみを覚えました。
また、練習中、何の脈絡もなく飛び出す子どもたちからの質問にも、
「ねえねえ、コーチコーチ、コーチの頭は何でそんな形しているの」
「これはねえ・・・」
などと、聞き流すことなく、ちゃんと答えているということにも気がつきました。
親しみを感じるというよりは、感心いたしました。

昨日のスイミングスクールは、子どもが教わったことよりも、私が教わったことのほうが大きかったようでした。
子どものスイミングの付き添いの楽しみが1つ増えました。
イマジン * 人・知恵 * 08:15 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

ギルバート・オサリバン

この前、「Song To Soul」という番組で、「アローン・アゲイン」をやっていました。
Alone Again (Naturally) という曲は、私が学生の時にCDを買い込んで聴いていたギルバート・オサリバンの代表曲です。私はオサリバンの音楽にハマって、本当によく聴いていました。だから、この番組はとても懐かしかったですね。

面白い発見もありました。
アローン・アゲインのときから一緒にやっているギタリストがこんな話をしていました。
「彼のピアノのスタイルはとても独特だ。かたまりで弾くんだ。
 普通は指を開いて和音を弾くけど、彼は指をかたまりで、ドンチン ドンチンってね。
 ドンチン ドンチンってやりながら、その上にとても美しいメロディを乗せていく。
 かたまりでコードを弾くから、注意して聴かなければならなかったよ。
 普通の和音とは違った構成の音だったからね。
 でも、それが彼独特の音楽を生み出していることがわかった」

それから、音楽ジャーナリストの話も面白かったです。
「アローン・アゲインとビートルズのエリナー・リグビーはとてもよく似ている。
 どちらも普遍的であると同時にイギリス的であり、教会が舞台となっている。
 アローン・アゲインは、結婚式当日に花嫁に捨てられる場面から始まる。
 失意の男が教会から一人寂しく帰り、自殺を考えている。
 エリナー・リグビーは、身寄りのない女性がひっそりと埋葬される。
 親切な神父が埋葬で汚れた手を拭きながら墓を去る。
 あちらが結婚式ならこちらは葬式。
 どちらも実生活の細かい観察をもとに書かれている」

こういう話を聞いてからオサリバンが歌っている当時の映像を見るのはとても面白いですね。
YouTubeでも探してみました。
オサリバンの曲をいくつかご紹介しましょう。

Alone Again (Naturally)
Clair
Get Down
What's In A Kiss?
Nothing Rhymed
I Don't Love You But I Think I Like You
イマジン * 人・知恵 * 08:32 * comments(2) * trackbacks(0) * - -

努力の人エンケ

今、土曜日のドイツ対チリ戦を一緒に観戦に行く予定だった友人から電話があり、ドイツ代表GKのエンケ選手が自殺したようだと聞きました。そして、土曜日の試合も中止になったようです。
エンケ選手が亡くなられたことも、代表戦がなくなったことも、両方ともショックです。
長い間、同世代のGK、オリバー・カーンとレーマンの陰に隠れながらも努力を続け、昨年やっとドイツ代表の正GKの座をレーマンから奪いました。しかし、骨折して代表を離脱し、その間に若手の台頭を許して、再び正GKを目指す立場で頑張っていたエンケ選手。努力の人でした。
数々の苦難を乗り越えてきた選手なのに、自ら・・・残念です。
エンケ選手のご冥福を心よりお祈りいたします。
イマジン * 人・知恵 * 05:21 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

祝コラウッティ初ゴール!

ドイツ・ブンデスリーガの前節の試合、ボルシア・メンヒェン・グラッドバッハ対シャルケは、両チーム得点できないまま試合が進み、終了直前の90分に均衡を破ったボルシアMGが1対0で勝利しました。

これにより、ボルシアMGは、15位に浮上して降格圏(17,18位は降格、16位は入替戦)を脱出しました。
といっても、16位のビーレフェルトとは、勝ち点も得失点も並んでいて、総得点で辛うじて勝って15位ということですので、まったく油断できる状況ではありません。
次節の対戦相手コットブスは、これまた勝ち点が並んでいる17位のチームですので、アウェイですがなんとしても勝利をもぎ取って、2連勝で1部残留を確実にしたいところです。

さて、今回のシャルケ戦で、値千金の決勝ゴールを奪ったのは、あのロベルト・コラウッティ(Roberto COLAUTTI)でした。
うれし〜〜〜いですね!
この選手ですよ。覚えていますか。
記念写真を撮る壁の顔切抜きの人です(この記事)。


イマジン * 人・知恵 * 07:30 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

忌野清志郎さん逝く

ロックの神様、忌野清志郎さんが今日(5/2)癌性リンパ管症のため、亡くなられたそうです。
とても残念でなりません。
ご冥福をお祈りいたします。

今晩は、清志郎さんと歌いましょう!
雨上がりの夜空に
デイ・ドリーム・ビリーバー
トランジスタラジオ
イマジン * 人・知恵 * 06:35 * comments(0) * trackbacks(0) * - -
このページの先頭へ